配偶者居住権とはどんな権利? 登記は必要?

2022年07月21日
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配偶者居住権とはどんな権利? 登記は必要?

平成30年の民法改正によって、「相続」に関する規定の中に「配偶者の居住の権利」という章が新たに設けられました。この章の規定は、令和2年4月1日から施行されています。

この章に規定されている配偶者居住権は、平成30年改正相続法の中でも、特に注目されているものです。配偶者居住権とは、夫婦の一方が亡くなった後に、残された配偶者が無償で自宅に住み続けることを可能とする権利のことです。

総務省による住宅・土地統計調査によれば、岐阜県内の持ち家住宅率は74.3%で、都道府県別で全国5位の高水準でした(平成30年調査)。

持ち家住宅率が高い岐阜県では、相続の場面で残された配偶者の住居や生活資金をどのように確保するかという問題がこれから増えてくるのと考えられます。今回のコラムでは、配偶者居住権について、ベリーベスト法律事務所 岐阜オフィスの弁護士が解説します。

1、配偶者居住権とは?

  1. (1)配偶者居住権が創設された理由

    平成30年改正前は、自宅を所有していた夫婦の一方が亡くなり、残された配偶者が自宅に住み続ける場合、その配偶者は自宅を相続するか、自宅を相続した他の相続人の承諾を得て居住することが一般的でした。

    しかし、配偶者が自宅を相続する場合には、自宅以外の遺産が少なければ、他の相続人に代償金(自分の相続分を超えて遺産を取得する場合の対価)を支払う必要があり、配偶者に経済的余裕がない場合、代償金の支払いが難しいという難点がありました。

    また、自宅を相続した他の相続人の承諾を得て居住する方法は、その相続人との関係が良好でない場合には実現困難であることに加えて、自宅を第三者に売却すると、その第三者に居住権を対抗できないという難点がありました。

    これらの方法では、残された配偶者を居住権の保障が十分ではないため、これを補うために新たに設けられたのが、配偶者居住権です。この権利は、自宅の所有権を取得するのとは異なり、配偶者が取得する遺産の金額を低く抑えることができます。配偶者の経済力がない場合でも、多額の代償金の支払いを要することなく、また、第三者に対する対抗力を備えた居住権を確保することができます。

  2. (2)配偶者居住権の要件と特徴

    配偶者居住権の成立要件は、次のとおりです(民法第1028条第1項)。

    • ① 法律上の配偶者が、相続が始まった時(被相続人が亡くなった時)に、遺産である建物(建物持分を含む。以下「当該建物」といいます。)に居住していたこと
    • ② 当該建物が、被相続人の単独所有又は配偶者と2人の共有にかかるものであること
    • ③ 当該建物について、配偶者に配偶者居住権を取得させるという趣旨の遺産分割、遺贈又は死因贈与がされたこと


    配偶者居住権には、

    • 無償で自宅と敷地を利用できる(ただし、従前の用法に従い、善良なる管理者の注意をもって使用することが必要です(民法第1032条第1項))
    • 存続期間は配偶者の生存中が原則となるが、遺産分割、遺贈又は死因贈与で期間を定めたときはその期間の経過による消滅する(民法第1030条)
    • 居住建物の所有者の承諾を得なければ、建物の増改築又は第三者への貸借(有償・無償を問わない)をすることができない(ただし、居住建物の使用、及び収益に必要な修繕を配偶者がすることはできる(民法第1033条1項))
    • 通常の必要費(修繕費用や固定資産税等)は配偶者が負担する(民法第1034条第1項)
    • 配偶者居住権を第三者に譲渡することはできない(民法第1032条第2項)

    という特徴があります。

    ※配偶者短期居住権とは
    配偶者居住権とあわせて、相続開始から最低6か月間、配偶者に短期居住権を認める規定も新設されました(民法第1037条)。

    これは配偶者の死亡により直ちに立ち退きを求められるのは酷であるという理由で、以前から最高裁判所の判例により認められていた権利が明文化されたものです。

    長期の居住を保障する配偶者居住権とは異なり、遺産分割に要する期間または転居先を確保するまでの暫定的な居住権といえます。
  3. (3)配偶者居住権のメリット

    配偶者居住権には、次の2点のメリットがあります。

    • 自宅の所有権を取得する場合と比較して、配偶者が現物で取得する財産を低額にすることができる
    • 相続税を節税できる可能性がある


    以下、具体的に解説します。

    ① 配偶者が現物で取得する遺産の額を低額に抑えられる
    配偶者居住権は、自宅に居住する権利であって、所有権ではないので、その財産的価値は、自宅の評価額よりも低くなります。

    たとえば、自宅(評価額3000万円)と預貯金3000万円の遺産を配偶者と子(1人)の合計2人の相続人が遺産を相続するケースで説明すると、次のとおりとなります。

    民法で定められた法定相続分は配偶者と子がそれぞれ2分の1ずつです。この割合で配偶者と子が遺産を取得する場合に、配偶者が自宅の所有権を相続すると預貯金は子どもが全額相続することになります。

    一方、配偶者居住権は、自宅の評価額から居住権の負担付きの所有権の価額を控除したものと評価されるので、居住権の負担付きの所有権の価額を1500万円と仮定すると、

    • 配偶者(配偶者居住権)1500万円
    • 子(配偶者居住権の負担付きの所有権)1500万円

    となります。
    配偶者が取得する遺産を自宅の所有権ではなく配偶者居住権にすることで、配偶者は、自宅に居住する権利を取得しながら、預貯金1500万円も相続することが可能になります。

    また、自宅以外に遺産がなかったとしても、配偶者居住権を活用すれば、自宅を売却せずに、各相続人に法定相続分とおりの遺産取得を認めながら、遺産分割をすることも可能にとなります。

    さらに、結婚している期間が20年以上の配偶者が、もう一方の配偶者に配偶者居住権を遺贈または生前贈与した場合には、配偶者居住権を遺産の配分上考慮しないものとする扱いが定められています(民法第1028条第3項が、婚姻期間20年以上の配偶者間の居住用不動産の贈与等の持戻し免除推定を規定する民法第903条第4項を準用しています。)。

    なお、配偶者居住権の評価額の算定方法は、相続税法に規定があるほか、法務省のホームページで評価方式の一例が紹介されていますが、評価額の算定方法には複数あり、評価額をめぐって争いになることも多いため、弁護士、税理士に相談するのが安全です。

    ② 相続税の節税となる可能性がある
    配偶者が自宅を相続した場合、配偶者が死亡すると自宅について2度の相続が発生し、それぞれ相続税の課税対象となります。

    これに対して、一次相続で子が自宅を相続して配偶者居住権を設定すると、二次相続では、生存していた配偶者から子に対する自宅の相続が発生しません。

    さらに、配偶者には税額軽減の優遇措置が定められていますから、これを併せて活用することによって、相続税を節税できる可能性があります。

  4. (4)配偶者居住権のデメリット

    配偶者居住権の存続期間は、終身またはあらかじめ設定した期間とされており、後から延長することはできません

    配偶者の介護のために転居が必要な場合や、自宅を売却して介護資金を工面する場合など、配偶者居住権の存続中にこれを無償で放棄すると、配偶者から所有者に配偶者居住権の残存期間相当の評価額の価値を贈与したものとみなされて、所有者に贈与税が課税される可能性があります。

    これを避けるためには、残存期間に対応する対価を、所有者から配偶者に交付する旨の合意をすることが考えられるものの、配偶者が受け取った対価が課税対象になるか、等、別の難しい問題が生じてきます。このように、配偶者居住権には、事後的な事情変更に対応しづらい面があることは否定できません。

2、配偶者居住権の登記

配偶者居住権は、遺産分割、遺言による遺贈、生前の死因贈与契約により取得することができ、登記をしなくても有効に成立します

しかし、配偶者居住権を設定した後、資金繰りに困った所有者が自宅を売却したり、抵当権を設定したりして、自宅が人手に渡ってしまうと、登記をしていない限り、自宅を買い受けた第三者に対抗できなくなります

配偶者居住権は、建物の無償の居住権であり、物権ではなく債権とされています。民法上、不動産賃借権は、登記をすることによって物権と同様に、第三者にその効力を対抗できる(民法第605条)とされており、配偶者居住権についても、民法第1031条第2項が、民法第605条及び第605条の4(登記を備えた権利者の、権利侵害に対する請求等)を準用しています。

すなわち、登記した配偶者居住権は、自宅を所有者から買い受けた第三者のような、自宅について物権を取得した者に対しても、権利を対抗し、これを妨害されたときは、妨害の停止及び返還を求めることができます

このような登記は、対抗する相手となる者の登記よりも先に備える必要があります。親族間の関係が良好ならば、登記までする必要はないと考えがちですが、自宅の所有権などを取得する第三者が現れて先に登記を備えてしまうと、配偶者居住権を対抗することができません。ごく短期間の配偶者居住権を設定するような例外的な場合を除いて、設定後、速やかに登記を備えるのが賢明でしょう。

3、配偶者居住権登記までの流れ

配偶者居住権を設定する場合の相続について、遺言がない場合の一般的な流れは次のとおりです。

  1. (1)遺産分割協議

    相続が開始すると、法律上当然に、相続人に被相続人が相続開始時に有していた一切の権利義務が承継されます(民法第896条)。

    相続開始は、被相続人が死亡した時に生じます(民法第882条)。被相続人が遺言をしていない場合には、相続人が、その相続分に従って被相続人の権利義務を承継します(民法第899条)。これは、民法上の準共有(民法第264条)と同様の状態とされています。

    共有状態を解消し、個々の遺産をどの相続人が取得するかを決めるのが、遺産分割です。遺産分割の効力は、相続開始時にさかのぼります(民法第909条本文)が、第三者の権利を害することはできません(同条ただし書き)。

    相続人となるのは、配偶者(生存していれば、常に相続人となります。)のほか、

    • ① 子(民法第900条第1号)
    • ② 直系尊属(同第2号)
    • ③ 兄弟姉妹(同第3号)

    です。
    これらの者が複数いる場合には、それらの者の間で等しい割合(ただし、異母兄弟は同母兄弟の相続分の2分の1とされています。)の分割相続となります(同第4号)。

    法律上定められている相続分は、上記のような法定相続分ですが、遺産分割協議で合意をすれば、これと異なる割合で遺産を取得することが可能です。遺産分割協議では、遺産の配分のほか、個々のどの遺産をどのように取得するかという遺産分割方法についても協議のうえ、決めることになります。遺産分割協議にすべての相続人が参加し、合意が整えば、遺産分割協議書を作成して、遺産分割が完了します。

    遺産分割協議が調わない場合には、遺産は未分割のままとなります。遺産分割が調わないままだと、不動産や車などの現物で分けられない物が共有となって管理処分が困難になる場合がある等、不都合が生じます。相続税の優遇措置が受けられないなどのデメリットもあるため、遺産分割を行わないままにしておくことは、望ましくありません。相続人の間でうまく協議ができない場合には、家庭裁判所に対して、遺産分割調停の申立てを行い、裁判所の関与のもとで、遺産分割成立を目指す方法もあります。

  2. (2)配偶者居住権の設定

    配偶者居住権は、遺言による遺贈や生前の贈与契約のほか、遺産分割協議、遺産分割調停又は審判によって設定することもできます。その場合にも、存続期間など配偶者居住権の具体的な内容を定める必要があります。

  3. (3)配偶者居住権設定登記

    配偶者居住権を登記するためには、次の二段階の手順を踏む必要があります。

    • ① 被相続人名義又は共同相続人名義の自宅所有権を、遺産分割によって所有者となった相続人名義に移転登記する
    • ② 配偶者と新所有者が共同して配偶者居住権を登記する


    なお、これらは同時に登記申請することが可能です。

4、配偶者居住権にかかる登記費用・税金

配偶者居住権の登記に費用及び税金についても、簡単に解説します。

  1. (1)相続登記・配偶者居住権設定登記の費用

    登記申請には法務局へ納める登録免許税が必要です

    登録免許税の金額は、

    • ① 相続、遺産分割を原因とする所有権移転登記:不動産の固定資産評価額の1000分の4
    • ② 配偶者居住権の設定登記:建物の固定資産評価額の1000分の2(※配偶者居住権の評価額ではありません)

    登記申請は司法書士に依頼することが多く、司法書士へ支払う報酬を合わせると数十万円の負担となることもあります。
    費用負担についても、あらかじめ協議して決めておくとよいでしょう。

  2. (2)固定資産税

    配偶者居住権を取得すると、建物の通常の必要費は配偶者が負担しなければならず(民法第1034条第1項)、建物の固定資産税もこれに含まれます。

    しかし、税法上の納税義務者は所有者であり、納税通知も所有者に送付されます。納税をどのタイミングでどちらがするのか、配偶者と所有者の間で固定資産税の精算をどのように行うのかについては、あらかじめ協議して決めておくとよいでしょう。

5、まとめ

配偶者居住権は、生存配偶者が自宅に居住し続けることを前提としつつ、従来の方法の問題点を克服するために創設された権利であり、これから利用が増えていくものと考えられます。

不動産が遺産に含まれる遺産分割においては、自宅の処分が争点になることも多いことから、これを解決する選択肢のひとつになりうるものです。

評価額の算定方法の運用が定まっておらず、評価額が争点になるおそれがあること、事情変更によって存続期間中に配偶者居住権を消滅させることに伴う問題など、実際にこれを利用するにあたっては、難しい問題も伴います。

したがって、配偶者居住権を設定する遺言又は遺産分割協議を考えている場合には、このような問題を幅広く検討し、その利害得失を十分に理解して内容を決めることが必要です。そのためには、専門家のアドバイスが欠かせません。

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